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今月、200諭吉。(T∀T)

イクトとタットが遊んでいた。
どうやら「面接ごっこ」。
(因みにタットは高1でイクトは小5)
イクト;
「キミは将来どこの大学に行くつもりかね?」
(将来て…。2年後やし)
タット;
「料理関係の専門学校に行きたいです」
(↑真面目に答えるタット)
料理関係の専門学校て……………
や っ ぱ ツ ジ チ ョ ー ?
?(T∀T)?
そんなこんなでVちゃん志望の大学から、
めでたく
「振込め通知」(別名:合格通知とも言う)
…が送られて来ました!!!!!
゜+。:.゜ヽ(*´∀`)ノ゜.:。+゜
今月は大学生3人の授業料振込め詐欺いや
授業料納入が重なっておる…
(T∀T)
そこへVちゃんにも「振込め通知」が…
(T∀T)
2 0 0 諭 吉 だ っ せ 奥さん!!
(T∀T)(T∀T)(T∀T)
今日もバイトに来とります。
(T∀T)
今週休みナシだっせ。
(T∀T)
月曜→金曜まで勤務…
って金曜は今週じゃなく来週の金曜ね!
(T∀T)
12連勤ね!当直5回ね!
ラストは明け日勤しかも2日勤ね!
(T∀T)
まぁ去年は40連勤とかしたし
12連勤とか普通やったな...
( ̄▽ ̄;)
まだまだ続くよぢっと手を見る…
( ̄▽ ̄;)
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小さい頃の記憶。その3/8
3. 安芸の宮島
白黒の写真には
ちゃんと宮島の鳥居が写っているが、その記憶はない。
2歳の後半、まだ3歳にはなっていなかったらしい。
トモちゃんは1歳の後半、2歳前になるのだが
同じような記憶があるようだ。
まず、鹿。
奈良公園のような広い公園ではなくて、山路を歩いていると
あっちからこっちからでっかい鹿が寄ってくる。
なにせ自分がまだ小さいのだから、普通の鹿なのだろうけど
とにかくでっかい。
危害を加えられる訳ではないにしても怖くてたまらない。
しかもなぜか私の方にだけ寄ってくる。
祖母に言わせると、それは私にではなく
私が持っているお菓子に寄ってくるのだと。
しかし私にはそれが納得できなかった。
そのお菓子というのが、今では見ることも無いクリケット。
オレンジ色というのか茶色というのか、小さな袋に入っていた。
クッキーなのだろうか、こんもりと丸いお菓子だった。
そのクリケットを祖母に渡すと、鹿はもう私には寄ってこなくなった。
半泣きだった私もすぐに立ち直り、
しばらく歩くとまたクリケットが食べたくなった。
食べ始めるとまた寄って来る鹿…。
半泣きになる私。
わかっているはずなのに、同じ事を繰り返すのは
モットくんだけではないのだ。。。
後日トモちゃんは、この鹿の写真を見て
「いか、いか」
といって、親を喜ばせたらしい。
鹿事件の後か前か覚えてはいないが、
父と一緒にボートに乗った。
黄緑色の何だかきたない池だった。
ほんの10センチ下も見えないような池だったと思う。
祖母はベンチでこっちを見ていたのを覚えているから
多分、親子4人で乗ったのだろう。
ボートの縁はほとんど池の水面すれすれ…
と言えば大袈裟になるとしても、
かなり重量オーバーだったのではと思う程、
水面が迫っていて、沈むんじゃないかと怖かった。
父がオールを動かす度にボートはゆっくり進んで行き
森永ミルクキャラメルの黄色い箱が浮かんでいて
それが後ろへと流されて行ったのが
今でも目に焼きついている。
ボートから降りた時、トモちゃんが泣いた。
トモちゃんによれば
降りた時に掴んだ手摺りが日に焼けて熱かったらしい。
それは、かなり大きくなってから聞いたのだった。
この、トモちゃんが泣いた件については
私の記憶なのかそれともトモちゃんがそう言ったのを聞いて
自分の記憶と思い込んでいるのか、はっきりしないのだが
何となくその場面がぼんやりと思い浮かんでくるような気はする。
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小さい頃の記憶。その2/8
その2
キョウコ
4歳の誕生日を目の前にして私は2人の妹の姉になった。
そのころトモちゃんと私は、
たいてい祖母と一緒にお風呂に入っていたが、
おなかの大きくなった母とお風呂に入った記憶がある。
多分その頃あまりなかったことなので、印象に残っているのだろう。
湯船につかった母のおなかははちきれそうで、
中にはいっている赤ちゃんは熱くないのだろうか、
溺れるんじゃないかなんて非常に素朴な心配をした覚えがある。
幼い姉のそんな心配をよそに赤ちゃんは無事に生まれたが、
その事は父から聞いたように思う。
そしてトモちゃんと3人で病院に行った。
そこは確か個室で、
入って右側に母のベッドがあって左側にベビーベッドがあった。
私はベビーベッドの柵につかまりよじ登った。
すると色の白い赤ちゃんが、
その頃テレビでやっていた鉄人28号がするように
ガオーもポーズですやすやと』眠っていた。
それがキョウコだった。
「またくるねー」と言って帰ったが、
病院に行ったのはその日だけだったと思う。
間もなくキョウコが帰って来ることになった。
今日は赤ちゃんが帰って来る!と
とてもわくわくしたことを覚えている。
母はキョウコを抱いてタクシーで帰って来た。
あるとき母がオムツを畳んでいたら、キョウコが泣き始めた。
何ヶ月の頃かはわからないが、
まだグニャグニャだったキョウコをベビーベッドから抱き上げて
母のところに連れて行った。
その重たかったこと!!
とにかく落とさないようにと必死だったが、
だんだんずれてきて、抱いているというより
持っているというか引きずる寸前というか、
ほとんど中腰の姿勢で連れて行ったのだった。
「あら!連れてきたの?!」
母はびっくりしていた。
今思うと危ないことをしたものだ。
そういえばエイミも、生まれて間もないユウミをベッドからおろして、
自分の足の上で抱いていたことがあった。
なにせエイミ自身、1歳5ヶ月で、
まだまだ赤ちゃんで通用する頃だったから驚いたのなんのって…
モットも4歳を過ぎたら、
1歳半になろうとしているあのコロコロのユウミを抱いて
二階から降りてくるようになって…
自分がしたようなことを自分の子どもがしているのを見ると
何とも複雑な気分になってくる、今日この頃。

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キョウコ
4歳の誕生日を目の前にして私は2人の妹の姉になった。
そのころトモちゃんと私は、
たいてい祖母と一緒にお風呂に入っていたが、
おなかの大きくなった母とお風呂に入った記憶がある。
多分その頃あまりなかったことなので、印象に残っているのだろう。
湯船につかった母のおなかははちきれそうで、
中にはいっている赤ちゃんは熱くないのだろうか、
溺れるんじゃないかなんて非常に素朴な心配をした覚えがある。
幼い姉のそんな心配をよそに赤ちゃんは無事に生まれたが、
その事は父から聞いたように思う。
そしてトモちゃんと3人で病院に行った。
そこは確か個室で、
入って右側に母のベッドがあって左側にベビーベッドがあった。
私はベビーベッドの柵につかまりよじ登った。
すると色の白い赤ちゃんが、
その頃テレビでやっていた鉄人28号がするように
ガオーもポーズですやすやと』眠っていた。
それがキョウコだった。
「またくるねー」と言って帰ったが、
病院に行ったのはその日だけだったと思う。
間もなくキョウコが帰って来ることになった。
今日は赤ちゃんが帰って来る!と
とてもわくわくしたことを覚えている。
母はキョウコを抱いてタクシーで帰って来た。
あるとき母がオムツを畳んでいたら、キョウコが泣き始めた。
何ヶ月の頃かはわからないが、
まだグニャグニャだったキョウコをベビーベッドから抱き上げて
母のところに連れて行った。
その重たかったこと!!
とにかく落とさないようにと必死だったが、
だんだんずれてきて、抱いているというより
持っているというか引きずる寸前というか、
ほとんど中腰の姿勢で連れて行ったのだった。
「あら!連れてきたの?!」
母はびっくりしていた。
今思うと危ないことをしたものだ。
そういえばエイミも、生まれて間もないユウミをベッドからおろして、
自分の足の上で抱いていたことがあった。
なにせエイミ自身、1歳5ヶ月で、
まだまだ赤ちゃんで通用する頃だったから驚いたのなんのって…
モットも4歳を過ぎたら、
1歳半になろうとしているあのコロコロのユウミを抱いて
二階から降りてくるようになって…
自分がしたようなことを自分の子どもがしているのを見ると
何とも複雑な気分になってくる、今日この頃。
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